森川智之/塩沢兼人プライベート・コレクション
フリートーク
(2001/5/13〜2001/8/26)
- 2001/8/26
- というわけで、リトリバーたちの憩いの場・焼鳥屋だが。
(なんとなく、連載だったわけだ(笑))。
その焼鳥屋には実は、飼い猫がいる(たぶん飼っているのだろう)。朝は、
もちろん店は開いていないが、隣の寺(のようだ)の門柱にもたれかかって寝ていたり、
外に出した洗濯機の上に発泡スチロールを敷いてもらって、
そこに丸くなっていたりする。
毎日のように、ラブラドールかゴールデンに逢えないか、と期待して通るのだが、
そうそう毎日、散歩の息抜きに出逢えるわけではない。そういうときには、
ビールケースの上にこれまた座布団の残骸のようなものを敷いてもらって、
その飼い猫が目を光らせているのである。
犬がいるときには、その猫を見たことがなかったので、やっぱり気兼ねなのかなあ、
と思っていたら、とうとう、
歩道に座り込んで飼い主の食べている焼き鳥をいっしんに見上げるゴールデンの横に、
毛繕いをしている猫を発見してしまった。ぴったりとくっついて、ではないが、
お互いに特に相手を気にするでもなく、のんびりと夏の夕べを楽しんでいる様子。
ゴールデンのほうは、道行く人が興味を示すと愛嬌を振りまいたりするが、
猫はやっぱり我関せず。
別に今までだって一緒にいたことはあって、
たまたま気付かなかっただけかもしれないが、
ゴールデンとラブラドールが、談笑する飼い主たちの足元で、
飼い主たちと同様に親交を深め合っていたのを目撃して以来の、
なんとなくニコニコとしてしまいたくなる光景であった。
- 2001/8/19
- 会社の行き帰りに前を通る焼鳥屋で、散歩途中のラブラドールやゴールデンが、
焼き鳥を食べているのによく出くわす。
仕事帰りに、今日はいるかな、と思いつつ角を曲がるのが日課になってしまった。
もちろん、リトリバーたちが、焼鳥屋のテーブルに座って、
「ネギマね」などと言っているわけではない(当たり前だ。それに、犬にネギは厳禁)。
その店は、店内のカウンターの他に、
前の歩道に面した壁にちょっとした張り出しのある窓を取り付けてあって、
その張り出しをテーブルにした席を、何席か用意してあるのである。
リトリバーたちの飼い主は、彼らを歩道の柵につなぎ、そこでちょっと一杯、
休んで行く。犬はときどき、飼い主にもらった焼き鳥を、
おいしそうにぺろぺろとなめていたりする。そんなこともあるからか、
たいがいは飼い主の顔を、期待に満ちた顔でいっしんに眺めている。
最初にそういう情景を見かけたときは、確かラブラドールだった。
次に見たときにはゴールデンで、あれ、ラブラドールだと思ったけれど思い違いか、
と思ったのだが、何度かそれを繰り返すうち、だんだん前回見たのがどっちだったのか、
わからなくなってしまった(飼い主の顔はよく見ていないので覚えていない)。
リトリバーは人気があるのか、他でもあちこちで見かけるので、混乱したのである。
あるとき、2頭がじゃれ合っているのを見て、そうか、両方いたんだ、と、
やっと納得した。飼い主もふたりいたようなので、別の家の子らしい。
最近は帰宅時間が散歩の時間と微妙にズレているのか、なかなか彼らに出逢えない。
彼らに逢うために、もうちょっと早く帰ろうかな。
- 2001/8/12
- そういえば、今年の夏休みは、何も映画を観に行かなかった。
次のお盆休みに行こうかな。
といっても、今年は、なかなか、これ、という作品が見あたらない。
夏休みには、普通なら観に行かないだろう作品を敢えて、と思っているのだけれど。
ならば「普通観に行く」のはどんな作品か、という話なのだが。
基本的に、監督の名前で観るのだが、色が効果的に表現されている作品が好きである。
超大作や新技術には興味がない。ストーリーよりも、映像が綺麗かどうかが気になる。
画面全体を占める背景と、そこを動く人間たちなどとの、コントラストや親和性を、
どれだけ視覚的に表現してくれるか、ということが、
観た後に幸せな気分になれるかどうか、ということのいちばんのポイントとなる。
ハラハラドキドキで、画面すら落ち着いて観ていられない、
という作品はあまり好きではない。
迫力があるのは好きだが、動きに付いて行けないのは困る。
「映画でしか表現できない」と思えるような、
そういう世界を作り上げてくれる作品に出逢えると、とても幸せな気持ちになる。
というわけで、お気に入りの監督は、エリック・ロメール、ルキノ・ヴィスコンティ、
ヴィクトル・エリセ、といったところ。もちろん、他の監督でも、
好きな作品はいっぱいあるけれど、このあたりは、監督の名前を聞いただけで、
迷わずに上映スケジュールを調べることになるのである。
- 2001/7/29
- まだ公演日程は終わってないけど、いっか。
劇団昴の公演「アルジャーノンに花束を」を観に行った。
この公演を知ったきっかけは、全然アルジャーノンとは関係なかったが、
「アルジャーノン」と聞いては行かないわけにはいかない。
チケット発売を心待ちにし、確保してからは公演を心待ちにし。
実は「アルジャーノンに花束を」は、ものすごく思い入れの激しい作品である。
ヒューゴー賞を受賞した中編版が読みたくて、全文再録の雑誌を探したこともあった。
最初に紹介されて読んだときから、最後の1行で涙が止まらなくなる。
何回読み直しても、結末も全部知っていても、最後の数ページにかかると、
あの1文を思い起こして、だらだらと涙を流すことになるのである。
ヤバい、今これを書きながらも、思い出して涙が出そうになってしまった。
15分の休憩が入って、2時間半程度の公演だったが、
最後はやっぱり滂沱の涙となってしまい、時間等は詳しく覚えていない。
しかし、あれだけ長い作品なのに、詰め込んだ感じもせず、物足りない感じもない。
10年ほど前から再演を繰り返しているらしいので、それだけ練れた脚本、ということか。
演技もさすがにしっかりしていて、安心して話にのめり込める。
細かいひとつひとつの動きが、後の伏線となり、
例の最後の1行も、これ以上ないというほどのシチュエイションで突きつけられ、
映画やドラマがいまひとつ(構成的に)物足りなかったからか、
あれは文章で読まないと泣けないのでは、と思い込んでいたのを、
見事に覆してくれた。
今回の公演はもう無理だろうけれど、また再演があったら、行ってみたい。
- 2001/7/22
- 自宅のVAIOノートが壊れた話は書いたが、
それをやっと修理に出した。
サポートセンターに電話をかけてみてびっくり。
自動応答で、「お客様の電話番号から機種を特定しました」。ほえほえ〜?
私は保証期間中のVAIOを複数持っているが、と思ったら、機種を読み上げ、
それに「はい」「いいえ」で答えさせられるのである。
最初に言われたほうは別のほうだったので、「いいえ」と言うと、もうひとつ。
「はい」で、
担当のサポート(たぶん、ノートとデスクトップは別なんだろう)につないでくれる。
電話に出たおねーちゃんは、当たり前のように、
「○○様」と私の名前を呼び(そりゃ機種まで特定したんだから当たり前だろうが)、
集荷・配送も、特に別の場所を指定しない限り、
自宅住所で手配してくれる(そりゃ機種や名前まで特定したんだから…)。
サインアップを内蔵モデムで自動的にやるのは、
昨今の初心者増加対策には必要不可欠だろうなあ、とは思ったが、
自動サインアップにしろ何にしろ、顧客データをもとにして、
サポートセンターの応答をこれだけ自動化しているとは思わなかった。驚いた。
そういえば、サポートに電話をかけたのなんて初めてだから、
もしかしたら他の会社でも、これぐらいは当たり前なのか?
ちなみにかんじんの修理は、1週間から10日ということで覚悟していたら、
なんと中3日で無事帰還。
家まで梱包用の箱を持って取りに来てくれるし、至れり尽くせり。
「修理」というと最低でも2週間、ひどいと1か月ぐらいは覚悟していた身としては、
驚くべき早業であった。こういうのって、ワークステーションを買ったら、
OSのインストールにまる1日、それから3日ぐらいかけて環境設定、なんてやってた頃と、
プリインストールで届いたその日から実運用、な昨今と、
比べているようなもの?(爆)
- 2001/7/15
- 急遽、会社のマシンのOSを入れ換えた。
Windows98だったのだが、Windows2000Professionalになった。
自宅のマシンも2台ともWindows2000だし、
ネットワーク設定上の問題点も解決されて来ていたし、少し前から、
そろそろ入れ換え時か、とは思っていた。プログラムの開発をするなら、
絶対に安定しているWindows2000のほうがいい、ということはわかっていたのである。
だが、どうせならクリーンインストール、と思ったのはいいが、
現状の設定を再現するためには、今の状態が消えてしまっては都合が悪い。
かといって、使用するのは同じディスク。消さないとクリーンインストールはできない。
そんなこんなで、ついつい延ばし延ばしになっていたのだが、
現在開発中のプログラムが、システムを道連れにお亡くなりあそばすのである。
これでは、デバッグすらできない。ので、覚悟を決めたわけだ。
うーん、以前はこんなことなかったのに、プログラムの腕が鈍ったか? (悔しい)
覚悟は決めたが、現状の設定を隣りに並べて新しいシステムの設定をしたい、
というわがままは捨てられない。
多少手間はかかるが、もう1台マシンを用意して、現状そのままの設定にした後で、
メインマシンに新OSをインストールし、「2台並べて」を実現。
当然ながら、両方ともネットワークにつなぐので、別の名前が必要となる。
メインマシンの名前は「としゆき」なので、それと並ぶ名前はひとつしかない、
はずなのだが、今回ばかりは「ぶんちゃん」とつけたい、という誘惑に抗えなかった。
すまん、相方。1曲歌う間だけだから(違)、勘弁してくれ。
- 2001/7/8
- ここのところ聴いているラジオ番組で、
保志総一朗・榎本温子の「One Way Radio」がかかったのを聴いて、
そういえばこの曲好きだったんだ、と思い出したので、これについて書こうかな。
この曲は、
CDを2枚持っているぐらい好きである(実を言うと2枚目は間違えて買ったんだけど、
手放してないから、それなりに好きなんだろう、と自己分析)。
ECHOESは、名前は知っていても聴いたことはなかったので、この曲を聴いたのは、
パーソナリティの流れで聴いていた「VOICE CREW」が最初だった。
いいかげん覚えてしまったので、自分でも歌ってみたいと思って、
カラオケ屋で思い出すと探してみるのだけれど、見つけられたことがない。
(2002/2/3追記)書くのを忘れていたけど、Hyper JOYでは配信されています。
しかも、ECHOESじゃなくて、このふたりのが。
何も考えずに出てくる声の高さよりちょっと上を、少し意識しつつ張るときの歌声、
というのが割に好きなので、実は歌い出しの保志くんが、けっこうお気に入りだったり。
ヘナヘナな印象を持ちがちな彼だが、おお、一生懸命頑張ってるな、と微笑ましい。
男声は高い声が好きで、女声は低めのほうが好きなので、コーラスパートが、
男声が上のパートを、女声が下のパートを歌っているのも、好きな理由のひとつ。
そのほうが、男女のコーラスは綺麗に聞こえるしね。
原曲を知らないため、アレンジ等がどれぐらい違うのかわからないが、
このふたりの歌で聴くと、かなり溌剌として若い感じがするので、今の、ではなく、
10年前ぐらいの、森川智之と林原めぐみのデュエットで聴いてみたいなあ、
と思ったのが、ここに書こうと思った動機であったりする(えへへ)。
もちろん、今だっていいけどね。
深夜放送を一生懸命に聴いていた子どもの頃を思い出してもらって。
- 2001/7/1
- これまたひょんなことから、「バレエ」を観に行った。それも「白鳥の湖」。
テレビなどでは観たことはあっても、生の舞台を観るのが初めて、という初心者には、
わかりやすい演目でよかったかもしれない。クラシック・バレエは、
ジャズダンスの基本、という位置づけでしか意識したことがなかったが、
昔読んだダンス漫画やフィギュアスケート漫画(父親がバレリーナ)の台詞が、
次々と脳裏を駆け抜けて行った。すごいや。
東京バレエ団の、パリ・オペラ座のプリンシパルを迎えての公演だったが、
最初王子様が出て来たとき、ひとりだけ体格の違いが目立ってしまい、
なんというか、踊りにくくないもんか、と思ったものだが、
オデット姫登場で、こりゃセットで来てくれなきゃ、サマにならんよなあ、などと。
あのオデット姫の相手役のできる日本人ダンサーはいるのだろうか。
ジャズダンスを観ているときにも思うのだが、それ以上に、
究極まで特化された肉体の美、というか、単に筋力やら表現力やらの範囲を超えた、
「姿」にいたく感銘を受けた。私と関節の数、同じだよね。「人間の足や肩は、
ちゃんと矯正しないと、絶対ああいうポーズはできないのよ」というのが、
脳裏に浮かんだ台詞のうちで、いちばん痛いほど実感した言葉である。
さすがに、食い入るように見つめてしまった舞台であった。
- 2001/6/24
- 映画は嫌いではない。かなりマイナーでマニアックなものが多いかもしれないが、
それなりに観てはいるつもりである。だが、いかんせん、「苦手な映画」が多いのも、
自分を映画ファンとは言い切れないひとつの要因ではある。
某声優の「せい」で(あえて「せい」と言う)、そこそこ娯楽作を観ることになる機会が、
ないわけでもないのだが、これがまた、観られない作品が多い。
ちょっとでもバイオレンス風味があると苦手なので、アクション系は全滅。
サスペンスホラーはもちろんNG。でも何がいちばん駄目って、虫である。
6本足のものが群がっているのだけは勘弁してもらいたい。
ヒッチコックの「鳥」のほうがまだマシなくらい。
しかし、外画の吹き替えを仕事としてする声優は、
そんなわがままは言えないわけである。某ごヒイキが吹き替えしているから、
ということで注目した作品が、こういう苦手な作品だったりすると、
自分は声優じゃなくてよかった、などという、見当違いな安堵を覚えたりする。(笑)
何事も「仕事」となると、乗り越えないといけない何か、って、あるもんだよね。
- 2001/6/17
- ひょんなことから、「屋根の上のバイオリン弾き」を観に行った。
第一印象は、西田敏行が西田敏行だった、ということだ。
西田敏行がテヴィエ、でも、テヴィエが西田敏行、でもない。
実はこの舞台、とても昔に一度観に行ったことがある。かなり昔である。
どれぐらい昔かというと、テヴィエが森繁久弥だったぐらい昔だ。
西田テヴィエに変わったのが、7年前。
ということは、それより前だ、ということ。(さらに空白期間があったりする)
確か、自分の意志ではなく(興味はあったので、うれしかったのだが)、
親に連れて行ってもらったような覚えがあるくらいなので、
細かいことまでは覚えていなかったのだが、曲をかなり覚えていたのには驚いた。
もちろん、「サンライズ・サンセット」以外の曲で、だが、以前観たときに覚えたのか、
別の機会に聴いたのか、全然思い出せないところも、なんというか。
今回、学生のパーチック役の吉野圭吾が、
どうも「Easy Attraction」ツアーでダンサーをやっていたらしい(友人談)。
ごめんよ、覚えてなくて。けど、あのツアーのときには全然思わなかったのだが、
化粧映えのする、綺麗な人だなあ、と。
髪形も、ひとりだけ周りから浮いてて(誉め言葉)、進歩的な学生ぽくてよかったし。
何よりも、180cm以上ある長身で、すらっとしているのが、とても見栄えがした。
「ダンサー」としては当たり前なのかもしれないけれど。
音楽座の人らしいんだけど、私が観に行った舞台にも出ていたんだろうか…。
- 2001/6/10
- 子どもの頃(といっても、中高生ぐらい)、部屋ではずっとラジオを聴いていた。
もちろん、自分専用のテレビなどはあるはずがなく、
親のお下がりのステレオセットで、とにかく四六時中聴いていた。
シーズンになると、文化放送以外はプロ野球中継ばかりで、
それでプロ野球が好きになった時期もあったぐらい。
主にTBSラジオ系が多く、夜早い時間の音楽番組などをよく聴いていた。
そのうち、深夜放送にまで手を出すようになるのだが、
もともと徹夜だの寝不足だのに弱いため、翌日はたいへんなことになったものだ。
それでも特定のパーソナリティの日には、眠い目をこすりつつ、
理解できない話にまでわくわくしながら、聴くのを楽しみにしていた。
そのうちに知恵もついて、お年玉を貯めて買ったデッキとラジカセで、
録音しておくようになった。
録音したところで、それを聴く時間は同じだけかかるわけで、
かなりの時間をラジオを聴くことに割いていたことになる。
学生の本分はどこに行った?(笑)
といっても、当時から「ながら族」と親に言われていた。
ラジオを聴き「ながら」勉強していた、というわけである。
それなりにちゃんと学生生活を送り、今ここにいるのだが。
最近、持って帰った仕事が全然終わらないまま、
絶対に聴きたいラジオの時間になってしまい、書類を手にラジオの前に座ったところ、
最初の5分でギブアップ。書類はどこを読んでいるのかわからなくなるわ、
ふと気が付くとラジオは別の話題をしゃべっているわ、で、結局虻蜂取らず。
「ながら族」でやった受験勉強は、本当に勉強できていたのか、と、
今さらながら不安になった。(爆)
…トシの問題か?(禁句?)
- 2001/6/3
- 岡嶋二人「コンピュータの熱い罠」(講談社文庫、ISBN4-06-273134-7)。
この作家(正確には共作なので、この作家のうちのひとり)は、
とてもコンピュータに詳しく、その知識と技術レベルの読みの正確さは、
「99%の誘拐」や「クラインの壺」を読んでみれば、とてもよくわかる。
「コンピュータ」や「IT」を題材にした小説の多くが、
専門家が読むと首を傾げるものが多い中で、この作家の作品は、的確で、
とてもこの分野の素人とは思えない。
先端技術研究開発分野出身か?と思ってしまう。
だから、この作品を読み始めて最初に感じた違和感は、
こういう信頼から来るものだった。
文庫になるのは作品が発表されてから数年後になることが多いので、
多少古めかなあ、と思うことはよくあるのだが、それにしてもおかしい。
あまりにも納得がいかなかったので、最後のページを確認して、疑問氷解。
最初に発表されたのが、1986年なのである。
この世界、15年も昔の常識は、古文書と言っても過言ではない。
一度1990年に光文社文庫で文庫化され、今回再文庫化された、ということらしい。
読んだ記憶はないので、きっと読み落としていたのだろう。
そう言われれば、何かの作品の解説で、タイトルを見たような気がする。
たぶん、この人のコンピュータ関連作品のルーツともいうべきこの作品を、
そのときに読まなかったのは、うまく見つけられなかったからだろうか。
そういえば、いちばん好きな「99%の誘拐」について、ここでは書いてなかったみたい。
近々再読する予定なので、もしかするとそのうち紹介することになるかも。
- 2001/5/27
- いきなり熊が送られて来た。もちろん、ヒグマやツキノワグマではない。
テディベアである。
しかし、ちょっと厚手とはいえ、
ふつうの透明なビニール袋にむき出しで入ったままなのには驚いた。
最初薄暗いメーターボックスの中で見たときには、
最近流行りの紙製緩衝材なのかと思ってしまった。
しかも、そのビニール袋には、
しっかり「こわれもの」シールがベタベタ貼ってあるのである。
中身がクマだとわかっても、仕掛け入りなのか?、と、警戒してしまった。
爆発物とは思わないけれど、オルゴールとかね。
結局、愛車のディーラーが、週末のイベントの招待状と一緒に送って来たものだった。
車とテディベアは故郷が同じ、なんだそうだ。
けっこう愛嬌のあるクマで、やわらかさがちょうどいい。50cmぐらいの大きさだが、
ぎゅっ、と抱きしめると、そのぼよぼよ、とした感触が心地よいのである。
しかし、無理に引っ張りでもしたら引きちぎれるかもしれないが、
投げたりしただけでは壊れそうもないよなあ。
せっかくだから、助手席にこのクマを乗っけて、
無料メンテナンスでも受けに行ってみるか。
- 2001/5/20
- ラジカセを買った。いや、ラジカセじゃないんだけど。カセットがないから。
ラジオが受信できて、CDとMDが付いている。こういうのって、何て言うの?
一応、ミニコンポの、ずーっとずーっとコンパクトなやつ、
という位置付けなんだろうと思うのだけれど、
私にとってはラジカセ以外の何ものでもない。
ステレオセットとラジカセの境目は何か、と言われると困るけど、私としては、
スピーカーまで一体型で持ち運べるのがラジカセ、かな。
ラジカセを買うのなんてどれくらいぶりだろう、と考えてみたが、
1年半ほど前に、ローカル局受信のために、
持ち運びが楽な小さなラジカセ(これは本当にラジカセ)を買ったんだった。
でもそれは、ポータブルラジオを買ったような感覚だったから。
それを別とすれば…たぶん、中学生ぐらいのときに、深夜放送のタイマー録音用に、
ステレオだけでは足りずに補助的に、という用途で買って以来だから、何年ぶりだ?
今度も、どうしても聴きたい番組が同じ時間に重なってしまい、
サブで聴くほうがFM局ということもあって、
FM外部アンテナ(しかも同軸)接続可能なものを探していたら、
けっこうしっかりしたものを買うことになってしまった。
でも、すごくコンパクトなのに性能がよくて、同軸のアンテナをつながなくても、
けっこう綺麗に入る。ラジカセではアウトだったのに。媒体がMDなのも、扱いが楽。
けど、今使っているのは、ラジオを受信して、時間になったら録音ボタンを押す、
ということだけ。タイマー録音とか編集とか、いろいろできるらしいんだけど、
リモコンの電池すら入れていないので、ほとんど使えない。MDの内容消去すら。
最近のは、本体ボタンは最低限で、全部リモコンなんだよね。
- 2001/5/13
- 1年なんて、あっという間なんですね。
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