森川智之/塩沢兼人プライベート・コレクション
フリートーク
(1999/9/5〜1999/12/26)
- 1999/12/26
- これを書き始めてから3度目の年の暮れ。ということは、
こういうページを作り始めてからも、もうそろそろ3年になる、ということですね。
今年は、西暦2000年問題で持ちきりの年越しになりそう。
本当の西暦2000年問題は、
西暦2000年問題で騒がないといけなかった今までのソフトウエアの作り方、
なんだろうけど。
だいたい、今年発売になったソフトまで「2000年パッチ」を当てないといけない、って、
どういう了見だ?
あ、いやいや。ちなみに、鈴の職場の、
年末年始のY2K(Year 2K、Kはkmとかの1000を表す単位)対策は、「マシンを止める」。
とりあえずは、お正月は自由に行動できるけど、年が明けて最初の日に何が起こるかは、
神のみぞ知る。その日になってみてのお楽しみ、と。
それでは、よいお年を。来年もまだこのページは続けますから、よろしく。
Y2Kを無事乗り越えて、年が明けてからこのページを見てくださった方には、
明けましておめでとう。本当にめでたいね。
- 1999/12/19
- 通っていた大学の構内には、かなり見事な桜並木があって、
小さなキャンパスにもかかわらず、門からの眺めはかなりのものだった。
銀杏(いちょう)の木も多く、あたりが黄色くなる頃には、
近所の人たちが銀杏(ぎんなん)を拾いに来たものだ。
踏みつぶされた銀杏は独特の(爆)匂いがあって、それはそれなりに季節の風物詩だった、
かもしれないが、やっぱり当時は早足で通り過ぎたものだった。
今通っている会社の工場内にも、銀杏の木が多くある。
風に乗って黄色い葉が吹き付けて来るのをはらいながら、
そういえばここには銀杏は落ちていないなあ、ということに気がついた。
あの匂いも、久しく経験していないような気がする。
雌雄がどうとか、種の問題とか、
もしかしたら落ちていたけどすかさず掃除されてしまったとか(まさか(笑))、
そんなことはあるかもしれないけれど、やっぱり銀杏は美味しいんだよなあ、と、
至極当たり前で即物的な感想に行き着いてしまうのは、
感受性に欠けるのか幸福なのか。(爆)
- 1999/12/12
- バビブベバビブベビーストウォーズ〜、だにゃ。(←いーかげんにせーよ^^;)
いいんだい。CD買っちゃったもんね。
- 1999/12/5
- ぬいぐるみを集める趣味はないのだが、
お歳暮をしに行ったデパートで「テディベアフェア」とかいうのを見て、
ついふらふらと足を踏み入れてしまい、クマを1匹買ってしまった。
とはいっても、別にソファをふたりぶん占領する自分より大きいやつ、
というわけではなく、手乗り程度の小さい金色のシルキーベア。
カタリーナにもアナスタシアにもならない。男の子だと思うんだけど。
名前はどうしようかなあ。
とりあえず、いいリボンを買って来てあげよう、と画策中。
赤が似合いそうなので、ちょっと派手目なのを選んであげようっと。
- 1999/11/28
- 鈴は仕事でプログラムを書く。「C」というプログラミング言語を使うことが多い。
ところが、UNIX育ちなこともあって、
GUI(Graphic User Interface)はほとんど書いたことがなかった。
その昔、SunView用のアプリケーションを、いくつかお遊びで作ったぐらい。
昨今はそんなことも言っていられない。
専門家だけがコンピュータを使っていた時代と違って、どんなにお遊びのアプリでも、
誰にでもすぐに使えるインタフェースを、ということになると、
やはりコンソールからのコマンド入力では駄目で、GUIが必要なのである。
んで、しかたないので、最近、Visual Studioで作ってみた。
面白い。やりたいことをどうやったらいいか、まだわからないことも多いが、
けっこうハマるかもしれない。(笑)
しかしなあ。GUIの問題なところは、OSが変わると使えなくなる、っつーことだ。
今作っているのはWindows98なので、あと少しは使えるかもしれない。
でも、今、Windows3.1用のアプリがどれだけ動くか、というのと同じで、
いったいどれぐらい保つものか、見当もつかない。
そういえば、その昔作ったSunView用のお遊びアプリは、
もう使われなくなったけど(SunView自体を使わなくなってしまったから)、
一緒に作ったコマンド入力版(コア部分のソースは共有なのでできることは同じ)は、
今でも現役だなあ。GUIの部分はあれだけ時間かけて作ったのに。
標準化、できないもんですかねえ。
ソース共有で、コンパイルだけすれば、どんなウインドウシステムにも使えるやつ。
Windows系だけじゃなくて、X Windowにも、SunViewにも。
できればMacintoshにも、なんてのは、望みすぎか。
- 1999/11/21
- 「週刊ストーリーランド」が久々のヒット(私的には)。かもしれない。
「意外な結末の話」ばかり3話、10〜15分ぐらいの短いアニメを放映する番組で、
普通なら実写でやりそうだな、と思うのだけれど、なぜかアニメ。しかも、
そのキャストが、いつもものすごく豪華。クレジットに名前が出るのは4人程度だけど、
それにも出ない役に、けっこうな人を使っていたりする。
本来の楽しみ方ではないのかもしれないが、
声を聴いて、「これは誰だろう」と思いながら見るのが、とても楽しい。
3話あるので、役者もバラエティに富んでいて、なかなか面白い。
「これはあの人だろうな」と思っても、結局クレジットに出なかったりして、
確信が持てないのが玉に瑕だけどね。
連続じゃないので、見逃しても話がわからなくなることがないし
(そのときに好きな人が出てたりすると悔しいけど)、
この先どうなるんだ〜、と欲求不満のままの日々を過ごさなくてもいいし、
短いから気楽に見られるし、何よりも、いろんな人のいろんな演技が聴ける。
映像メディアの不得手な鈴としては、うってつけ、なのかも。
- 1999/11/14
- 西暦2000年問題は、確実に近づいて来るのである。
このページは、全部手書きです。いや別に、紙と鉛筆で描いたものを載せている、
という意味ではなくて、いわゆる「HTMLを生成してくれるソフト」を使っていない、
HTML自体を自分で書いている、ということです。
FONTやらANCHOR(「A」だけだけど)とかのタグも、全部自分で書いてるんだよ。
ただ、これだけの量のデータベースを、矛盾なく管理しようと思ったら、
なかなか手作業だけではうまく行きません。1か所追加・修正すると、
あっちも直さなきゃ、こっちにもあったんだ、では、絶対に忘れて、
いつか破綻が来ます。なので、いくつかスクリプトのお世話になっています。
cshやawkやsedなどで作った、もちろん自作のスクリプトね。
最初から年号は4桁でやってればよかったんですが、2桁なんですね、うちの場合。
別にラベルとしての文字列は、2桁でも全然問題なくて、
区別がつきさえすればいいんだし、
100年以上も区別をつけなければいけない分野でもないので、2桁で充分なんですよ。
だって、70年後にまだこのサイト続けてる、なんてこと、考えられないもんね。
でも、一部、「古い順に並べる」とかいうのでsortを使っているところがあって。
そうすると、「00」は確実に「99」よりも前に並んでしまうんだよね。
それをやっているところだけは、いわゆる「2000年問題」の影響を受けた、
ということになるんだろうなあ。
今から直しておこうかと思ったけど、スクリプトが複雑になりすぎて、
どこでどう影響が出るかよくわからないので(自分で作ったくせに(爆))、
その状況が起こってから対処しよう、などと甘い考えでいます。
命にかかわる問題でもなし。多少順番がおかしいなあ、と思っても、
ああこれがこのページの西暦2000年問題か、と、笑い飛ばしてやってください。
- 1999/11/7
- また、特許実績補償金の振り込み時期が来た。
思えば昨年、給与明細を見て仰天したのが、半年近く尾を引いた、
「確定申告」騒ぎの発端だったんだよなあ。
今年は、といえば、確定申告の必要はないようだ。ほっとしたのやら、残念なのやら。
あ、もちろん「残念」なのは、それだけ臨時収入が少ないから、だよん。
決して「また確定申告したい」なんて思ってないからねー。
- 1999/10/31
- 自然に身体が動いて来る。どうノればいいか、考えて思い出すのではなく、
身体が覚えていて、耳と肌から直接全身に指令が行っている感じ。
見渡せば、会場全部がそれを覚えている。5年半のブランクなんて、
1曲目の「Self Control」のイントロが終わる前にどこかに霧散してしまった。
1994年4月21日(ライヴは5月18・19日)の「終了」から5年、「TM Network」として、
あの3人がまた私たちの前に戻って来てくれた。時限付きの再結成や同窓会ではなく。
その再活動第1弾のライヴとなった、1999年10月25日、厚生省他主催の、
「麻薬・覚せい剤禍撲滅運動千葉大会 YES TO LIFE FESTIVAL」。
会場を埋め尽くしたファンたちの中には、約1時間半のライヴの間、
一瞬たりともその大会の主旨を忘れていなかったか、
という質問に胸を張れる者はほとんどいないのではないかと思う。
この「再活動」が、センセイお得意の気まぐれが発端だったとしても、
舞台の合間の貴重なオフをつぶしたり、自分のライヴを日程変更したりまでして、
こうやって新たな第1歩を踏み出した彼らに期待して、
新生TM Networkを、彼らの新しい音を、彼らが魅せてくれるステージを、
私たちに向けてくれる笑顔を、信じて素晴らしい時間を楽しみにしていたい。
そして、ウツ、お誕生日おめでとう。
これからの1年が、ウツにとって、今までよりももっと輝いた年でありますように。
- 1999/10/24
- このあいだ、ちょっとした不注意から、LDを割ってしまった。
アニメはめったに見ないので、
よっぽどのことがなければ映像メディアなど買おうと思わないのだが、
こればかりは絶対に欲しくて、毎月発売を待って購入していたLDの1枚である。
しかも、1年ちょっと前には、舞台の上での生アフレコを2回も見ることができた、
その一方のほうのシーンが入っている巻だったのに。
要するに、部屋が散らかっていることがいちばん問題なのだが、
そんなに大きな力をかけたつもりもないのに、斜めになっていた角度などの問題か、
本当に綺麗にまっすぐに割れたLDを見て、悲しむ前に感心してしまった。
そんな場合ではないのに。(爆)
そして、すぐに頭に浮かんだ言葉。「まだ今からでも手に入るのか?」
発売になったのはちょうど1年前。DVDならともかく、
今さら新譜でないLDの新規入荷は、もしかすると期待できないかもしれない。
メーカーの在庫だってどうなっているかあやしい。
とにかく、店頭在庫を探さなくては。
行きつけの店には当然のようになく(他の巻はあったのに)、迷わず、
「ここになかったらあきらめたほうがいいかも」とまで言われた、
ソフトワンまで遠征して、無事ゲット。在庫まであった。さすがだ。
ついでに行きつけの店で買い損ねていた「ガサラキ」Vol.7も買って来てしまった。
とりあえず、
白い鷹がひとりの男のために順風満帆のはずだった人生を踏み外して行く過程が、
中抜きにならなくてよかった(爆)。
けっこうツラいシーンだけど、抜けるともっとツライ(笑)。
よっぽど売れセンでないと、今後もDVDでも出してくれないだろうしね。
- 1999/10/17
- ◎★×∞#?○※♂◆♪〜
- 1999/10/10
- 今頃になって、「サーカディア」をやっている。
主人公の弘樹が凶悪にかわいかったのと、その声が檜山修之なのと、
守の笑顔が反則なぐらいやさしかったので、ちょっとだけやってみようかな、
と始めたら、これが、大ハマリではないが、けっこう飽きずに続けている。
難易度はとても低い。戦略を間違わなければめったなことでは負けないし、
コツをつかめば、目当ての人との友好度を上げるのは、ひどく難しくはない。
それでも、複数の仲間の中で、お目当ての人のエンディングを見るために、
そこそこの駆け引きはあるので、それを考えながらあちこち回るのも楽しい。
10時間もあれば、NEW GAMEで始めてエンディングまで行ける。
勢いをつけて進まないと、ということもないので、
気が向いたときに(ゲーム内時間での)1日ぶんずつやってもいいし、
なかなかまとまった時間がとれないときでも、気楽に続けられる。
何をやろうとしていたか、さえ忘れなければね。
エンディングは15種類あって、それは誰といちばん仲がよかったか、
によって決まるのだが、クリアするとOPTIONで選べるようになる画像に、
「ALL MEMBERS」というのがあって、それにひとりずつ、
クリアした人が追加されて行くのである。
つまり、全員クリアすれば、15人が勢揃い。
ごれが、今、なかなか壮観なことになっている。というのは、「全員男」なのだ(爆笑)。
まあ、当たり前といえば当たり前かもしれないが。
とりあえず、守、要、聖、晃、啓介、健吾、綾彦、と集めたところで、
あとは、かさねてポンの隠しキャラのために麻衣、メガネっ娘にするために智美、
スペシャルイベントのために泉、ぐらいはやるかもしれない。
そこまでやってしまえば、残りは5人だから、全員やれ、という話もあるけど。(笑)
とにもかくにも、守のメガネなしバージョンが、やさしさを増してナイスなので、
彼はいつもほぼ指定席だったりする。(爆)
- 1999/10/3
- 「ガサラキ」DVDのVol.7を買い損ねているので、行きつけの店に、
ときどき(特に他に買うものがなくても)足を運んでいる。
こないだはそれで、「Yellow Submarine」のDVDにつかまってしまった。
しまった、CDのほうを買うの忘れた、と思っていたら、
次に行ったときにもまだCDは平積みで、今度は隣に「YES」の文字。
「初回限定」のピクチャーレーベルとライヴシングルCDの文字に惹かれ、
結局それにもつかまってしまったのであった。
YES「THE LADDER」。
最近(?)流行の(??)再結成ものには、手を出さないようにしていた。
ハード・ロックとプログレッシヴ・ロックが好きで、
特に70年代に最盛期だったバンドの中には、
未だに当時のアルバムを聞き続けているものもあったりする。
「今」の彼らに触れることで、
「当時」の彼らによって作られている自分の中のイメージが、
どのように変わってしまうか、ということが不安でもあったのだ。
髪を振り乱しつつゾクゾクするようなヴォーカルを聴かせてくれていたあの人が、
もしかしたら全然あの高音のシャウトができなくなっているのではないか、
シビれるようなギターのフレーズを聴かせてくれていた彼の指は、
もうマトモに動かないのではないか、という不安も、もちろん少なくはない。
イエスは、ジョン・アンダーソンのヴォーカルが自分にとってのいちばんの魅力だが、
あの声は今でも健在なのか。スティーヴ・ハウのギターは、
クリス・スクワイアのベースは、アラン・ホワイトのドラムスは…
しかし、そんな懸念を吹き飛ばすように、次々とつづられるイエス・サウンド。
ジョン・アンダーソンだ。あの声だ。思わず涙ぐんでしまったほどである。
パワーそのものの発露であったようなハード・ロックに比べれば、
プログレッシヴ・ロックに分類されるバンドのほうが、
安心して「今」の彼らに触れられる、のかもしれない。
でも、ハード・ロックのほうも…ちょっと試してみようかな。
- 1999/9/26
- 「RENT」プレビュー。それも、初回。しかし、なんだろう、この不安感は。昨年、
初演の初日を見に行ったときに感じたのとは、
ずいぶん性質が違うような気がする。
後で話に聞けば、ほとんどゲネプロで、初めてマトモに通し稽古をやったのが、
プレビュー初日(公演は夜)の昼だったとか?
舞台というものは生ものだから、毎回毎回変わって行く、というのはわかる。
いくら通し稽古を完璧にやったとしても、客席の反応などによって、
どんどん芝居が変化して行くのもわかる。客席あってこその生の舞台で、
客席なしでの稽古では、「完成」はしないのだから。
公演そのものを続ける過程で、どんどん「完成形」に近づいて行くのだろう。
決して最後まで「完成」はしないにしても。
だから、「慣れ」の問題に帰結することなら、何も心配はしない。
キャストたちが、本来は「役者」というよりは「歌手」の人が多く、
日頃慣れている表現方法とは違う表現をしなくてはならない、ということは、
初演のときにも感じたし、それは回数を重ねるうちに、
だんだん彼らもわかって来たことだと思う。
そういう意味では、「慣れて」「わかっている」再演キャストと、
「初めて」で「つかめていない」新キャストのギャップは、目に付く。
けれど、新キャストだって、いつかは慣れてわかって来るから、たぶん、
名古屋・大阪と回って東京に戻って来る頃には、全然変わっているだろうと思う。
それがわかっていても、まだなお消えない不安感。
10月下旬から11月上旬にかけて、4回観に行くんだけど…大丈夫かなあ。
- 1999/9/19
- そういえば、このところゲーム話も書いてないなあ。
書いてないのは、マトモにゲームをやってないから、なんだけど。
とりあえず、世間の流行に遅れずに、「どこでもいっしょ」ですかね。
友人の強い勧めにより、8月の頭に始めたのだけれど、
みんなきっちり15日間ずついてくれるので、やっと4代目になったところ。
犬、猫、ウサギ、と来て、今はカエル。それぞれ個性はあるけれど、
教える言葉が似たようなものなので、似たようなことしか言わないのは、
「ペットは飼い主に似る」ということなんだろうか。(違うような気もするけど(笑))
しかし、これを始めて以来、泊まりがけでどこかに行くときには、
必ずプレステ持参(爆)。車でないと移動したくない状態になっております。
なんか、本末転倒のような気もしないでもない(大笑)。
結局夏休みも、プレステを入れた鞄を後部座席に置いたまま。
何やらプレステ2は、ずいぶん大きくて重いみたいで、
こんなこと気楽にできなくなるのかなあ。
- 1999/9/12
- また季節の変わり目が近づいて来た、ということなんでしょうね。
年に2回、春先と秋口に、なんとなく鈍い頭痛が治まらない時期があります。
こういうときに仕事が忙しかったりすると最悪。
下手すると1日12時間以上ディスプレイを眺めているような仕事なので、
眼球は飛び出してグリグリして来るし(でも視力は下がらないからスゴイと思う)、
眼に疲れが来るとやっぱり頭痛を誘発するし。
集中してディスプレイを凝視しているということは、
コーディングしているかデバッグしているかだから、一応脳も活動しっぱなしだし。
せめて気候だけでも、涼しくて過ごしやすい夜が続くようになってほしいものです。
そうすればこの頭痛、治まるかな…
- 1999/9/5
- 鈴の「はじめての確定申告」外伝(超爆)。
(最終回はこちら)
確定申告の余波は、実はこれでは終わらないのであった。
いわゆる「半分税金に持って行かれる」というほど高額所得者ではないので、
そこそこ所得税を支払い、それでもずいぶん目減りしたよなあ、と思いながら、
一度は「確定申告」というものをやってみたかったんだから、ま、いっか、
ちょっと贅沢ができるぐらいの小遣いだと思えば、と思っていたら。
1999年6月某日、「納税通知書」というものが届く。
自動車税のならよくもらっているが、今度のは最寄りの役所の市民税課からだ。
前にも言ったように、鈴は給与所得者なので、給与引き去りで地方税は払っている。
何かの間違いではないか、と思いながら、用紙を見ているうち、
そうか、確定申告したからだ、と思い当たる。
でも、そしたら今給与から払っている地方税はどうなるの? 二重納税?
後で還付があるの? 還付のためにまた確定申告?(←税金のことがよくわかっていない)
そしたらまた来年、同じように納付・還付(確定申告)の繰り返し?
などと考え、これは問い合わせるよりない、と、前月の給与明細を引っぱり出し、
地方税を払っていることを確認して、封筒に一緒に入れて準備していたら。
「すでに課税した額」という欄に気がつく。
給与明細と照らし合わせると、どうもこれが給与引き去りで払っているぶんらしい。
ということは、今回納税しろ、という額は、昨年確定申告で所得が増えたぶんなわけね。
これは問い合わせたところでどうなるものでもないので、おとなしく支払いに行く。
所得税を払ってずいぶん目減りした、と思っていた臨時収入が、さらに減ってしまった。
源泉徴収や引き去りだと、こういう感じはないのに。
やっぱり一度手に入ったと思った金額が減って行くのと、
最初からこれだけ、といってもらうのとの違いなんだろうなあ。
ちなみに、手元に残ったのは、最終的には全体の約2/3。
もうこれ以上税金払わなくていいんだろうな?
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